スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【 --/--/-- --:-- 】

| スポンサー広告 |
墓場までの後悔を
祖母に手紙を書こうと思います。
文字を読んで理解してもらえるだろう今のうちに。
(もう、少しあやしいかな)
うちの薄い人生で初めて、これをしないと死ぬまで後悔するだろうと感じています。
口下手なので言えないだろうし。


ウチにとって母は、人生の手本です。(良くも悪くも、かな)
ウチにとって祖母は、人間として生まれてきた事を素直に嬉しいと思わせてくれる人です。
親子というと、親子であるがゆえの情や責任感だとかにしばられがちだけど、祖父母だと少し違うような気がします。


車で5~10分の祖母宅、学生時代はほとんどよりつきもしませんでした。
弟二人の方がよっぽど祖母の家や山畑の掃除や管理をしていたし。
それでも、ごくたまに顔を見せたときはそれこそ『目に入れても』な程可愛がってくれる。
若気の至りというか、おこづかいをくれたりすると「また行こう!」と思うものの、特に用がないと行かないし、今で言う「高齢出産」で生まれた母なので祖母もそれなりに高齢であるし、若いウチにとってはイマイチ話という話もなく。
それでも少し大人になったかなという年になると、たまに行った時はもっぱら祖母の繰り返し話を聞きながらあいのてを入れながら。
まだ元気だった数年前は、ウチの問いかけやうなづく言葉を理解してその都度反応をくれていた。

先月、1年以上ぶり?に会った祖母は、ウチが最後に見た祖母とはまるで別人じゃないかという位変わり果てていた。
今年の年始は、入院中だった祖母がまだ落ち着いておらず母と相談の結果、会わずじまいだった。
祖母は、記憶が以前よりも更に長いスパンで前後していたり、いわゆる赤ちゃん返りなどが見られるようになっていた。

また退院して、デイサービスの人に来てもらいながら、母が毎日通いながら、何とか暮らせるくらいなのだろうと思いながら見舞いに来たウチは、頭をかち割られるくらいの衝撃でした。
もう退院は出来ないだろう、と感じました。
帰りの車中で母も同じ事を言ってました。
娘を連れて行ったんですが最初は分かっていたものの、帰り際に「もう一人生まれたんか?」と。
泣きそうになりました。
大好きな祖母、半分はもう遠くへ行っています。

人が向かう最期が赤ちゃんの状態ならばせめて、誰を恨むでもなく、楽しかった頃を思いながら赤ちゃんのようにただ笑いながら逝ってほしいと願うばかりです。
いえね、まだちゃんと生きてて、孫のウチに大事なことをたくさん教えてくれている最中ですけどね。
とりあえず文を書くのが苦手なので、間に合うといいんですが・・・







上記事投稿後5分後ですが、思い出しました。
「親とは違う、祖父母という存在について」です。

寝たきりとなった祖父母の世話を直接していない孫が、その祖父母を目の前にして純粋に「何かしてあげられないか?」という気持ちにならないという事があるだろうか?というような問いかけをしていた記事を見たことがあります。
身近ではあるものの、一歩離れたところから、または人(親)を挟めることによって人間の色々なものを客観的に見られるという意味では、親とは絶対的に違うんだなぁと思った事があったんです。
まぁ、基本的な3世代であるだろう我が家の場合ですけど。
【 2010/08/24 01:17 】

| ♪ 日記 | コメント(0) |
<<夕涼み | ホーム | 買いかえ>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。